ANA国内線【PR】

小さなモチーフで、      広がる世界の、喜び。
by hakoiri-mamasan
XML | ATOM

skin by excite

母の日は・・
我が仕事場の休憩所にて、ある“母である方”が若い男性社員に、話していた。

「〇〇さん、母の日のプレゼントあげた?
 私は、全然もらった事がないんだ~。」
  ・・・・・・。

先日の日曜日は、母の日。

母は、母の姪に当たる親戚の方から、プレゼントをもらい、
見せてくれた。

疲れて帰って、忘れていたことに気がついた。
どうしよう?

不景気の昨今、縮小ムードになってはいるが、
気持ちだけは表したいもの。
近くのスーパーで、
間に合わせるように、口に入るものを選んだ。

どうも、片方の手の事を考えていると、
もう片方を忘れてしまう傾向がさらに強くなってきている。

わが子たちからは、声のプレゼントが届いた。

手にした物は、某チョコレートメーカーの板チョコと、柿の種。

記念の日を大切にしようと、思い直す一日。


# by hakoiri-mamasan | 2012-05-16 22:36 | 日記 | Trackback | Comments(0)
試作品~バリエーション






















紺の絣の着物からのリメイクを考えてのこと。

これを4着作成する予定。

同じ形の物から、個性を表現し、
さまざまな着方で楽しめるという所が狙い。

同じ生地・紺の絣で、巻きスカートを合わせる。
# by hakoiri-mamasan | 2012-05-16 00:26 | 作品 | Trackback | Comments(0)
罪は赦された
今日のスケジュールは、目いっぱい。

店の仕事の方は、
ひとりの方に、荷を負わせることになって申し訳ないと思いつつ、
優先順位を、こちらに選択させて頂いた。




[新約聖書 マルコの福音書 2章より]

4人の友人に連れられて、
床に乗せられたまま
運ばれた中風の人。

大勢の人がひしめき合って、
とても中のイエスの前には、
連れて行けそうもない、
そんな状況だった。

なんとしてでも、御前にいかなければと考えた友人たちは、
こともあろうに、屋根をはがして、イエスの前に、床に乗せたまま、つり降ろした。

イエスは、その信仰を見た。
「あなたの罪は赦されました。」と言われた。

はっきりした罪からの開放が与えられる。

イエスは十字架で罪を完全に負ってくださり、
赦しを与える贖いを完成された。

確かな、裏づけがある。

あなたのためにも・・・、私のためにも・・・。



# by hakoiri-mamasan | 2012-05-13 23:26 | 聖書から | Trackback | Comments(0)
何の為に・・・
煮えきらない思いで、不満を感じながらやっていること。

勇気は要るが、言葉を発することによって、解決の糸口が見つかるのかもしれない。

何から始まって、何を目的にしてやっているのかをもう一度考え、
話し合うことは、大切かもしれない。



その場での自分の役目をしっかり演じきること。

それが、その場に生かされる道、大切なこと。

これを大道という。


大道の立場に立って、言葉を発しながら、
実は、自分の気持ちの奥底をかき回されていた。

ある会の衣装の話から~。


衣装の事から始まったけれど、
実は、問題はもっと深く、その会に関わる立場を扱っている。

柔らか頭で、柔らか心で、もう一度臨み直し、仕切り直し。



# by hakoiri-mamasan | 2012-05-12 22:25 | 日記 | Trackback | Comments(0)
休息に・・

休日、外に出て行くよりも、
家に居る事が増えている。

以前は、家に居て落ち着いていることが、いけないような気がしていた。
怠けている気がしていた。

最近は、ゆっくり休むことを、心がけなければいけない気がしている。

無理をしないで休むことを、大切なひとつの仕事のように、
位置づけている。

そんな訳で・・・、

その時間の一部を“ちいロバ”に貢献できればと思いつつ、
完成した。






# by hakoiri-mamasan | 2012-05-11 22:59 | 作品 | Trackback | Comments(0)
パーゴラに

木製の、
アーチ・・・パーゴラを立て、
モッコウバラを植えた。

バラの木は、
年々樹を太くし、
立派になっていく。

木製のパーゴラは、
悲しいくらいに、朽ち果てていく。

命ある息づいた物と、
息のない物。

時間の経過を通してみる対比が、
ここにある。









# by hakoiri-mamasan | 2012-05-09 22:41 | 日記 | Trackback | Comments(0)
靴磨き
季節が替わると、新しい装いに気持ちが華やぐ。

新調したわけでもなくないけど、
華やぎが靴に向かった。

春らしい靴を履いたら、別の物が気になってしまった。

手入れをしなければ・・・。
なんて思ったこともない思いが始まった。

玄関をいっぱいにして、大仕事が始まった。


履かないと靴にも嫌われてしまう。

「今日からローテーションで、毎日違う靴を履き回そう。」
 仕舞いこんであった靴を今日履き出した。

足元から何かが変わる・・・・、期待が始まる。


# by hakoiri-mamasan | 2012-05-08 22:14 | 日記 | Trackback | Comments(0)
渇くことがない水
いつもの事だけど、
もう少し、しっかり出来ないものか。

そう思いながら、その朝を迎える。

礼拝の司会の奉仕。

いつも、どこか欠けているこの者が、
それでも、用いていただいている。

聖書の話
[新約聖書 ヨハネの福音書 4章より]
サマリヤ、それは、ユダヤ人がつきあいをしないとしていた人の町。
北イスラエルの子孫、他民族との混血、偶像礼拝の町。

イエスは、ユダヤからガリラヤに行くのに、サマリヤを通っていかなければならなかった。

彼は、スカルというサマリヤの町の井戸のかたわらに腰をおろしておられた。

そこに、サマリヤのある女が、水を汲みに来た。
時は日中の暑い時間。

イエスは、彼女に、「わたしに、水を飲ませてください。」と言って近づかれた。

彼女は驚いた。
ユダヤ人は、サマリヤ人とつきあわないのに、
どうしてこんな自分に、水を求めるのかと、理解が出来なかった。

しかし、イエスは言われた。
「もしあなたが神の賜物を知り、
 また、あなたに水を飲ませてくれと言う者がだれであるかを知っていたら、
 あなたのほうでその人に求めたことでしょう。
 そしてその人はあなたに生ける水を与えたことでしょう。」と。

彼女は、イエスが汲むものを持っていないのに、どうやって生ける水を汲むのか。

自分達の祖先であり、祝福を継承した父ヤコブ、
この井戸を残してくれたヤコブ、
そのヤコブよりも偉いのか。

イエスは答えて言われた。
「わたしが与える水を飲む者は、だれでも決して渇くことがありません。
 その人のうちで泉となり、永遠のいのちの水がわき出ます。」

そんな水があったらと、彼女は、イエスに、渇くことのない水を求める。

イエスの言及は、彼女の境遇、生活に及ぶ。
彼女の人に触れて欲しくない、痛みを、心の渇きを、イエスは知っていたのだった。

話は礼拝についてのことになり、
彼女は、キリストと呼ばれるメシアを待ち望んでいること、
もしそのメシヤが来られるときには、いっさいのことを知らされることを話した。

イエスは、自分がそのメシアであることを明かされる。


ユダヤ人がつきあわない嫌っていた町サマリヤ人も、
聖書から、メシヤの来られることを、知っていた。

イエスは、この地にもご自身を伝える必要があった。


全ての人は、創造主によって造られ、いのちが与えられている。

そして、罪をあがなっていただき、買いとられて、永遠のいのちをいただく。
信じることによって、与えられる永遠のいのち。




# by hakoiri-mamasan | 2012-05-06 21:09 | 聖書から | Trackback | Comments(0)
勘の働き
今日、椅子が壊れた。

下手に置いておくと、
座ってしまって怪我をするかもしれない。

さっそく処分してしまった。

新しい物を
購入しても良いか、許可が必要。

どこから調達すれば良いのか、聞く必要があって、
マネージャーに、連絡をとる。

「今行くから・・・。」

「えっ!・・・。」

我が店の椅子のために、わざわざ来てくれるなんて・・・。

それとも、むしの知らせだか、勘が働いて、来ることを決めていた・・・なんてことある?







# by hakoiri-mamasan | 2012-05-03 22:05 | 日記 | Trackback | Comments(0)

「人」という字。

なるほどと、考えていた。

人に寄りかかったり、寄りかかられたり、
そんな願望を持って、なんとなく日々、人(家族・友人・知人)の事を気にして生きている。

独りでは満足できないらしい。

「人」という字を考えた人は、
人のそんな部分を、よく表現したものだ。

人の、「人」たるところが、今日の気持ちなのかな?

最近、友人と会う時間が、めっきり減っている。
「人」らしいわだかまりが、声を発する。

人、恋しいという話。

雨の夜に、車を走らせながら、こんなことを想うのは、
やはり、いつもの癖の天気のせい?


# by hakoiri-mamasan | 2012-05-02 21:39 | 日記 | Trackback | Comments(0)
新しく生まれる
教会の新会堂を建てた時に、
その庭から、我が家の庭に、移植されたライラック。

今年も、たくさんの花を付けて、元気にしている。

なかなか、なじんでくれなかった、Aちゃんが、
写真を見せに来てくれた。

赤ちゃんの時の写真と、
公園の遊具の前での、比較的新しい写真かな?

礼拝中・牧師の祈りの時だった。

思わずひざの上に抱き、アーメンをした。

話が理屈では、まだ分からないかもしれないが、
彼女が、お父さんとでもお母さんとでもなく、
こうして教会の礼拝のに加えられていることは、不思議な気がする。

この時間を大切にしてあげたいと思った。



聖書の話
[新約聖書 ヨハネの福音書 3章より]

ニコデモは、パリサイ人、ユダヤ人の指導者だった。

彼は、
「あなたは、神のもとから来られた教師であることを知っています。
 神がともにおられるのでなければ、あなたがなさるこのようなしるしを
 行うことはできません。」と、
イエスのもとに来ていう。

イエスは、言われた。
「人は、新しく生まれなければ、神の国を見ることはできません。」

ニコデモは、新しく生まれるということが理解できなかった。

さらにイエスは、
「人は、水と御霊によって生まれなければ、神の国に入ることはできません。」
と言われた。

神の国を見る・入るは、新しく生まれる、水と御霊によって生まれることによる。

どうすればいいのか?



かつて、イスラエルの民が、エジプトを出て、約束の地に向かっていた時に、
神に逆らって、つぶやいたので、神は燃える蛇をおくられた。
蛇は、民にかみつき多くの者が死んだ。
悔いて、助けを求めた民に、神は、蛇を作って旗ざおのうえに、
あげることを命ぜられた。
蛇にかまれた者も、その蛇を仰ぎ見る人は、生きた。

それと同じように、人の子イエスも、上げられなければならない。

十字架に架けられた・あげられたイエスをただ信じる者には、永遠のいのちが与えられる。

神は、人が、ひとりも滅びることなく永遠のいのちを持つために、
すでに、用意して、待っていてくださる。


ただ信じることによって、新しく生まれ、神の国見る。

# by hakoiri-mamasan | 2012-04-29 23:04 | 聖書から | Trackback | Comments(0)
寒暖
ちょっと前には、寒いと言っていたのに、
急に暖かくなって、この間は、夏日なんて・・・。

ハナミズキの花が咲いた。

気がつくと満開。

今日の、昼休みは、ハナミズキ街道をドライブ。






# by hakoiri-mamasan | 2012-04-27 22:18 | 日記 | Trackback | Comments(0)
マドラスチェック

某、スーパーに行くと、
手芸品の売り場のほんの一角に、
服地になる布が売っている。

「こんなの買う人がいるのカナ?」
そんなことを思いながら、
時々覗いてみる。

既製服に使われている生地に比べたら、
存在感に乏しいというか、地味な存在だ。

しかし、ついつい見た目よりも、
布の素材・組成を見てしまう。

「天然素材100%。」とか、
「この素材はちょっと高価なものなのに、
 この値段!」
と見ると、欲しくなってしまう。



でも、すぐには買わずに、帰る。

そして、「もしこの生地との関わりが与えられるなら・・・。」と、願って、
冷静に考える一時を持ち、もう一度その売り場に足を運ぶ。

そうして、また出会うことが出来、形になった一着。

マドラスチェックの、シャツともジャケットともいえる。



# by hakoiri-mamasan | 2012-04-26 00:38 | 作品 | Trackback | Comments(0)
水汲み

スーパーに水汲みに行く。

美味しいお水を飲みたい、使いたい。
飲料、食料のため。

植木のみずやりのため。

洋服直しのためにも、アイロンにこの水。

そのために、欲しかったもの。
後回しにしていた“ボトル用のバッグ”。




市役所にて、ボランティアの販売。

そのために、預かっている生地がある。

久しく、預かりっぱなしで申し訳ないと思っている物のうちから、
これでどうだろうと、“ボトル用のバッグ”を作った。

自分の物になるかどうかは解らないが、
親子で、並べてみるのは、面白い。



# by hakoiri-mamasan | 2012-04-25 23:07 | 作品 | Trackback | Comments(0)
ザアカイ

日曜日の朝は、忙しない。

早起きをすることが苦手な者。
礼拝から仕事までの助走のような時間に、
目を回す。

今日は曇り。

どんよりしている空模様の下に、
ピンクが目に付いて、
あわてて、カメラを探すが、
バッグの中に見つからない。

ケータイのカメラで、シャッターを切る。

その感触と音に、慣れない。



[新約聖書 ルカの福音書19章から]

エリコに、ザアカイという人がいたが、
かれは取税人のかしらで、金持ちだった。

取税人は、罪人の仕事とされていた。
物質的には豊かでも、嫌われ者だった。


彼は、イエスがどんな方かを見ようとしたが、背が低かったので、
群集のために見ることができなかった。
そこで、イエスを見るために、前方に走り出て、
いちじく桑の木に登った。

木に登って、見ようとする行動は、奇異な物だったに違いない。

その心情はいかなるものだったのか。

そこを通られたイエスは、彼の名を呼び、
「今日、あなたのに泊まることにしてあるから。」と言われる。
どんな方か興味を持ち、知りたいと思った方からこんなふうに言われた。

どんな気がするか?

彼の行動は、180度変わり、
財産を、貧しい人に分け、
だまし取った物は、4倍にして返すという。

お金があっても、地位があっても、満たされなかった彼の気持ちが、
イエスとの出会いによって満たされ、喜びにあふれたできごとである。

イエスはザアカイに言われた。
「きょう、救いがこの家に来ました。・・・
人の子(イエス)は、失われた人を捜して救うために来たきたのです。」

創り主の御許に、その間柄を回復ささて頂ける恵みに預かりたい。





# by hakoiri-mamasan | 2012-04-22 22:13 | 聖書から | Trackback | Comments(0)
活動報告
昨年度の“活動報告”なるものを、
文書にして、仕上げなければならず、
ノートを開いた。

そこには、断片的なことしか記されていなくて、
記入漏れどころか、漏れたものしか書かれていないのか、
全く話にならない。

そんなことなので、
手帳を開き、
家計簿を開き、
自分自身の、一年を振り返る機会が与えられた。

自分の日記に目を通すなんてことは、ほとんどなく、
これも、新鮮なこと。

自分の事だけど、
それを見て、ちょっと驚く。



東日本大震災の、後から始まった、2011年度は、忙しかった。

仕事の面でも、めったにない出張を命ぜられ、
何度か工房に足を運んだ。

聖書学院の学びにも加えて頂いたり、
声楽の学びと講習会に参加させて頂いた。

合宿などと言う場にも、お誘い頂き、
思いがけない時を過ごす事が出来た。

賛美を知る機会があるから、練習しようと集まったり、
交わりの場も、与えられていた。

強い意志を持って、事を遂行できるようなタイプの人間ではない故の悩みもあるくらいだし、
体調も、良かったわけではないので、
これだけの事が出来たことは、奇跡的な話である。

目の前に示された事は感謝して受け取ろう。
駄目な時は、お返ししよう。

そんな思いの上に立って、過ごせた一年を、
恵みとして、感謝したい。




今年度は、この始まりの時期に、体調不良になり、
ブレーキがかかった状態であるけど、
今年は今年に用意されているものが、一つづつ示された時に、
素直に受け取って行きたいと願っている。
# by hakoiri-mamasan | 2012-04-20 00:43 | 日記 | Trackback | Comments(0)
復活された
花が咲いて、蝶が飛んで、
桜霞の向こうに、山を望む。

この時期に忙しいのは、ちょっとゆるして欲しい。

冬眠から目覚め始めたばかりのような心身には、ちょっと厳しく応えてしまう。

目の前にあることを、手のひらに乗っけてひとつひとつ確認し、
忠実に向き合う・・・と自分に言い聞かせる。


[今日開かれた聖書箇所:新約聖書 マタイの福音 28章]

聖書に、イエスがよみがえられた時のことが、
記されている。

そのことについて、色々説明するよりも、
そのままを読んで、信じるのが良いと思う。

イエスの復活を喜ぶ者と、
その事実をないものにしようと懸命になっている者たちがいる。

どう頑張っても、消し去ることのできない証拠と、
今に到るまで告げ知らされ、表されている恵みと希望がある。

約束はキリストの再臨にまで及ぶ。


# by hakoiri-mamasan | 2012-04-15 22:17 | 聖書から | Trackback | Comments(0)
桜 Ⅱ
雨、そして風に、耐え、
きれいに洗われた。

風も止み、
初夏を思わせるような、陽射し。
帽子か、日傘があればよかったね。

嬉しい!念願の出会い“つくしさん” 何年ぶりだろう。

「触ってみて!」そう言われて手を触れた。
この上で寝てみたら安眠できるかもしれない。
そんな感触。

豆になる花は、みんな、こんな顔をしている。

仲良く並んで・・・これもいい。
穏やか、平和、平安、憩い、そんな言葉をあててみる。

空の青との、コントラストが、爽やかで、しばらく見上げる。




# by hakoiri-mamasan | 2012-04-12 23:57 | 日記 | Trackback | Comments(0)
贖い主は生く

一年の終結。

「体力が欲しい。」
「筋力が欲しい。」
と、思いつつ、

一回の練習に出来る限界があり、
怠け者のようだけど、
一口にそうもいえない、事情もあったりする。

一年のまとめとして、
発表の場を与えられ、
賛美をささげられたことを、感謝する。

ヘンデル・メサイヤより、”贖い主は生く”

クローゼットの奥で、寝ていた布生地も、
ここに形になり、
感謝する。



# by hakoiri-mamasan | 2012-04-10 22:01 | 作品 | Trackback | Comments(0)

今の仕事に就く前に、言われた。

「お花見の時期と、紅葉刈りの時期は大変忙しいんですよ。」

今がまさにその時。・・・・・・・・・なのに・・・・・・・・

いままでにない、状況に困惑している。

良いか?悪いか?

忙しくて、お花見どころではないはずの時に、お花見。


気になる公園の広い駐車場の向こう側・・・?
寒椿と、桜?


満開!


いっきに、咲き急ぐ花達。





一日の疲れを癒されて、アーチの下をウォーキング。


桜にも種類があるよう・・。


これも桜?
秋に咲いていたよ。


明日は、お天気良くないらしいので・・・。

# by hakoiri-mamasan | 2012-04-10 20:58 | 日記 | Trackback | Comments(0)
イースター

復活。
そんなことあるはずないと、
思われている方へ。

聖書には、
よみがえられた方のことが記されている。

旧約聖書に、預言されてたこと。




そのことが、成し遂げられた次第が、
新約聖書の福音書にある。
(マタイ・マルコ・ルカ・ヨハネの4つの福音書がある。)

イエス・キリストは、自身が十字架につけられて、
死んで、よみがえることを、
弟子たちにも語って知らせていたが、
弟子たちはそれを理解していなかった。

弟子たちは、イエスが捕らえられた時に、
裏切り、皆、逃げてしまった。

救い主を目の当りに、見ていたのに、
その時には分からなかった。

イエスは、裁きを受け、極刑、十字架につけられて、
死なれた。

墓に葬られた。

しかし、イエス・キリストの体は、
3日目の朝には、墓になかった。

どうしてないのか。
御使いがそこで語ってくれた。
「ここにはおられません、よみがえられたのです。」と。
そして、「ガリラヤでお会いできる。」こと。



それから、
よみがえられたイエスは、弟子たちの前に、現われた。
弟子たちに、それぞれ言葉を残し、
これから成すべき事を、示され、
離れていった。

復活によって、分かること。
         
  イエスは、神の御子であったこと。

    罪の身代わりに、裁きを受けて下さったので、
    それを信じる者は、義と認められること。
    救いが確かであること。

       イエスがよみがえられたように、
       私たちにも復活の希望があり、永遠のいのちが約束されていること。





# by hakoiri-mamasan | 2012-04-08 23:19 | 聖書から | Trackback | Comments(0)
ファッションセンターにて
めったに取れない、土曜日の休み。

「土曜日だから、家族と過ごす。」
そんなことを思って取った休みなのに、裏切られた。

暖かい穏やかな日だったら、
お花見!

天気にも裏切られた。
冬のように、北風が冷たい。

お花見なんてとんでもないような、日和になってしまった。



母と、何年かぶり・・・、十何年かぶりかもしれないショッピングをすることになった。

なんてことない、近くのスーパーや、ファッションセンターに、
「別に買う物はないから、どっちでもいいよ。」と言いつつ、
こんな時間は、親子の会話をしながら楽しめることを、確認した。



そこで、思いがけない友人とばったり出会う。

お花見でも一緒にして、
ゆっくり話が出来たらなんて思っていた友人。


「え!」・・・と驚く。

心の中の想いを、聞いて頂いた?

















(購入したシャツと、作った和柄のタイで、
ユニフォームになる?)

# by hakoiri-mamasan | 2012-04-07 22:56 | 日記 | Trackback | Comments(0)
春色

目的もなく、布生地を見て回る。

それを手にして、無限のような可能性を向こうに見る。

そんなことが、嬉しくてたまらない。

そんなふうにして出合った一枚の、生地。




手元に持って、眺めてみつつ、
「これで、シャツを作ろう。」
そう、決める。

年甲斐もなく・・・
半分開き直り・・・




この年になると、
人目を気にするより、
”自分の思うようにするが勝ち精神”にたどり着く。

「思いっきり、好きなようにやって見よ!」   誰かがどこかで囁いた・・・(勝手な思い込み。)

衿を二枚仕立てにし、
ピンタックに四苦八苦してみたり、
思う存分に、こだわりを縫いこんだ。




そして、
出会う人の、反応が楽しみでもある。


意外と、ノーコメント・・・・。

「何・・それ!」
  とのひと言を発した娘に、
  「ありがとう。」を言いたい。
# by hakoiri-mamasan | 2012-04-06 22:35 | 作品 | Trackback | Comments(0)
いいかげん
「今日、穿いてい行く靴下が見つからない。」

そう思って、引き出しの中を引っ掻き回したが、
左右同じ”一足”の物が、見つからなくなってしまっている。

何故かみんな片方づつしかない。

黒であること、綿の入ったソックスであること。

そこにはこだわっているのだけど、
管理が甘い。

同じ黒!
片方ずつ別な物を穿いたらどう?

そう思ったら、何故かうきうきしてしまった。

 ~しばらく、楽しんでみようか~。

いいかげんな人間の、ちょっとした遊び。



# by hakoiri-mamasan | 2012-04-04 22:58 | 日記 | Trackback | Comments(0)
聖霊を・・・
忙しく、日々が過ぎていく中、
日曜日の休みが取れたことは、思いがけなく、
感謝の事。

いっしょに行く友も与えられ、
「やぶづか(聖会)」までの道のりは、今日の天気のように、温かい。

奉仕のない礼拝。

今日から受難週でもある。

神の子イエスキリストを、救い主と受け入れた者に与えられる「聖霊」。

自分の中に感じるか感じないかではなく、
約束どおりに、うちに共におられる「聖霊」を、慕っておられる神が居られる。

その聖霊を悲しませてはいけない。

その思うところは、
毎日の、課題であり、
毎日の喜び、楽しみでもある。





# by hakoiri-mamasan | 2012-04-01 21:55 | 日記 | Trackback | Comments(0)
年度の晦日

課題を抱えたわが子が、
それぞれ、この日を迎え、
この日に向き合った。










しかし、今日の天気は
いつになく、荒れ模様。











こんな中、
発表の場に集まってくださる方々に、感謝。

デシュトニーク=傘なので、
こんな雨の日も、
上から与えられた、
一つの演出なのだろうか?








そして、一人の方の、来場によって、
もう一つの発表の場に、出向くことが出来た。

思いがけない場面に、
連れて行ってくれた天使?

「合格・・・!」との言葉をリアルタイムで聞く。



主の御名をほめたたえよ。
ハレルヤ!







# by hakoiri-mamasan | 2012-03-31 23:24 | 日記 | Trackback | Comments(0)
屋根のある所

家族が集まり・・・。


会いたいねという方々が集まり・・・。


見えないところで繋がっていた方々と
知り合い・・・。




そんな方々と、ひと時を過ごすことが出来ました。


屋根のある所・傘の下に。


# by hakoiri-mamasan | 2012-03-29 21:53 | 日記 | Trackback | Comments(0)
今日の驚き
その①
仕事の上でのミーティングを予定していた。
通常は12時前に始めるが、
今日は私用のためということで、遅れる旨をスタッフに伝えてあった。

まだ時間は十分ある。
ゆっくりいけばいいと思いつつ、
これが胸騒ぎというものか、「もしかして、マネージャーが来ている気がする。」
そう思った次の瞬間、スーパーの出入り口から出てくるマネージャーを発見!

わずかでも互いの行動に時間がずれていたら、すれ違っていた。

この一点に時間を同じくして、会えるなんて!!!
と言う出来事。


その②

今日の快晴の空に、月と星が並ぶ。





# by hakoiri-mamasan | 2012-03-26 21:36 | 日記 | Trackback | Comments(0)
最後の一週間

今年度最後の一週間が始まった。

わが子三人、三様に、
この最後の一週間は、
人生を大きく賭けた節目の時
(ちょっと大げさかな?)。

はたしてのりきれる?




何も出来ないながらも、
励ましに行かなければと思い立って、
仕事を終えた足で、電車に乗り込み、
わが子たちの家に一泊。

お腹を空かせて夜遅くに着いた者に、
暖かいラーメンを作ってくれる娘のいたわりに
肉体も心もホッとする。

そして、それぞれの顔を見て、安心。

今日は、また出勤。

ただ、それだけ。





# by hakoiri-mamasan | 2012-03-26 20:29 | 日記 | Trackback | Comments(0)
神の国はだれのもの
週の始めに、静かに礼拝にのぞむ。

与えられた恵みである。

自分自身の、省みの時である。

前に向かう為の、力、
エネルギーを、頂ける時である。

ある師は言っていた。

「聖書の神を信じるか?信じないか?
 信じても失うものはないが、信じなかったら、損をするかもしれない。
 そう知らされて、信じる者になった。」と言うこと。


今日は暗証聖句大会。

主日(日曜日)毎に、メッセージから暗証聖句が与えられ、
大人も子どももみんな、その聖句を暗証する。

半年間に集められた聖句を選んで発表する時間が、この大会である。

最近は子ども達がすごい!

今日も頑張った。

大人は、特に自分にとって意味深さを感じたものなどを選んで発表したりする。

暗証すると言う努力の中で、その約束のことばを、深く味わう時になる。


聖書の話

[新約聖書 ルカの福音書 18章より]
自分は義人だと自任し、人々を見下している者へのメッセージである。

パリサイ人と取税人。

この二人の祈りを通して、イエスはたとえを話された。

パリサイ人は、
イスラエルの律法をしっかり学び、
その律法をたがわずに行っていると自覚して、そのことを誇りとしている人たちである。

取税人とは、
人から不正に重い税を取り立てて、
苦しませている悪い者たちとされていた。

『神よ、私はほかの人々のようにゆする者、不正な者、姦淫する者ではなく、
ことにこの取税人のようではないことを、感謝します。
私は、週に二度断食をし、自分の受けるものはみな、その十分の一をささげております。』
パリサイ人はこのように心の中で祈った。

いっぽう、取税人は、
遠く離れて立ち、目を天に向けようともせず、自分の胸をたたいて、
『神さま。こんな罪人の私をあわれんでください。』と言った。
・・・・・・・彼のほうが、義と認められて、家に帰った。


だれでも自分を高くする者は低くされ、
自分を低くするものは高くされる。



子どもたちをわたしのところに、来させなさい。
止めてはいけません。
神の国は、このような者たちのものです。ルカ18:16

# by hakoiri-mamasan | 2012-03-25 22:44 | 聖書から | Trackback | Comments(0)
< 前のページ 次のページ >